遺言書に使用する印には要件があるのか?

遺言書に使用する印には要件があるのか?

 

1.はじめに

(1)民法968条1項は「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」と規定し自筆証書遺言の方式として「押印」を要件としています。
(2)そこで印の形式はなんでもいいか?花押でもいいかが問題と最高裁判例として最高裁平成28年6月3日判決(以下「本最高裁判決」といいます。)がありますので当該判例を紹介しながら遺言書の要件を検討していきたいと思います。
(3)事案の概要は以下のとおりです。
    1. 亡Aには上告人Y1同Y2及び被上告人Xの3人の子がいた。Aは平成15年5月6日付けで自筆証書による遺言書(以下「本件遺言書」という。)を作成しました。本件遺言書の内容はAが「家督及び財産はXを家督相続人としてa家を継承させる。」という記載を含む全文上記日付及び氏名を自書しその名下にいわゆる花押(注)を書いたものでありますが印章による押印がありませんでした。
    1. Aは平成15年7月12日死亡しました。Aはその死亡時に甲土地(以下「本件土地」という。)を所有しAに所有権移転登記がされていました。
    1. 本件は被上告人Xが本件土地について①主位的に本件遺言書による遺言によってAから遺贈を受けたと主張し②予備的にAとの間で死因贈与契約を締結したと主張して上告人Y1及びY2に対し所有権に基づき所有権移転登記手続を求めるなどしている事案です。
      つまり本件の論点はAは本件遺言書に印章による押印をせず花押を書いていたことから花押を書くことが民法968条1項の「押印」の要件を満たすかでした。
  1. そして本最高裁判決は本件花押は民法968条1項の押印の要件を満たさないとして自筆証書遺言を無効であるとし上記①の主位的主張を認容した原判決(福岡高裁那覇支部平成26年10月23日判決)を破棄し上記②の予備的主張を更に審理させるため原審に差し戻しました。

2.本最高裁判決の判示内容等

(1)原判決(福岡高裁那覇支部平成26年10月23日判決)の内容
原判決は「花押は文書の作成の真正を担保する役割を担い印章としての役割も認められており花押を用いることによって遺言者の同一性及び真意の確保が妨げられるとはいえない。そのような花押の一般的な役割にa家及びAによる花押の使用状況や本件遺言書におけるAの花押の形状等を合わせ考えるとAによる花押をもって押印として足りると解したとしても本件遺言書におけるAの真意の確保に欠けるとはいえない。」と判示しAの花押は民法968条1項の押印の要件を満たすとし本件遺言書による遺言を有効としこれにより被上告人Xは本件土地の遺贈を受けたとしてその所有権移転登記手続を求めるXの請求を認容しました。
(2)本最高裁判決の内容
これに対し本最高裁判決は「花押を書くことは印章による押印とは異なるから民法968条1項の押印の要件を満たすものであると直ちにいうことはできない。そして民法968条1項が自筆証書遺言の方式として遺言の全文日付及び氏名の自書のほかに押印をも要するとした趣旨は遺言の全文等の自書とあいまって遺言者の同一性及び真意を確保するとともに重要な文書については作成者が署名した上その名下に押印することによって文書の作成を完結させるという我が国の慣行ないし法意識に照らして文書の完成を担保することにあると解されるところ(最高裁昭和62年(オ)第1137号平成元年2月16日第一小法廷判決・民集43巻2号45頁参照)我が国において印章による押印に代えて花押を書くことによって文書を完成させるという慣行ないし法意識が存するものとは認め難い。以上によれば花押を書くことは印章による押印と同視することはできず民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。」と判示し 原判決中被上告人Xの請求に関する部分は破棄しXの予備的主張について更に審理を尽くさせるため上記部分につき本件を原審に差し戻しました。

3.若干の感想

   新聞報道等によると本件遺言書は琉球王国の名家の末裔に当たる沖縄県の男性が残したものであるということです。本件花押は書いたものであり印章による押印とは異なることや自筆証書遺言の要件の厳格性を考慮すると本最高裁判決の判断はやむを得ないものとも思われます。
このように遺言書を作成する際には厳格な要件が要求されますので注意が必要です。

以上