相続人が遺産から葬儀費用や仏壇・墓石購入費に充てた後に相続の放棄はできなくなってしまうのか?

相続人が遺産から葬儀費用や仏壇・墓石購入費に充てた後に相続の放棄はできなくなってしまうのか?

 

(設問)

   父死亡後1か月間内において父の唯一の遺産である銀行預金約300万円から父の葬儀費用として約200万円仏壇購入費として約100万円(合計300万円)を支出しました。ところが3日前(父死亡の2年後)にA銀行から突然父が生前父の友人がA銀行から700万円も融資を受けた際にその連帯保証人になっていたので700万円の支払をしてほしい旨の請求の通知が来ました。今から相続放棄の手続をとることができるだろうか。

(答え)

   本来、相続放棄は、被相続人の死亡を知った時から3か月以内にする必要があります。また、相続財産から支出してしまうと本来「相続財産の処分」(民法921条1号)にあたり、放棄ができなくなってしまうのが原則ですので、ご注意下さい。
但し、本件は、父親にこのような多額の借金があることが分からかなったこと、相続人が遺産である銀行預金の解約金から葬儀や仏壇購入に充てた費用の額がいずれも社会的にみて不相当に高額のものともいず民法921条1号の「相続財産の処分」には当たるとまではいえないと思いますのでA銀行から700万円の請求通知を受けた時から3か月以内であれば相続放棄の申述をすることが可能であると考えられます。
なお香典は相続財産(遺産)には含まれないとするのが通説です。

(解説)

1.相続の単純承認と放棄について

(1)相続の単純承認
    1. 相続の単純承認とは相続人が被相続人の権利義務を全面的に承継することを内容として相続を承認する相続形態をいいます(民法920条)。単純承認は無条件・包括的になされる必要がありその一部を承認したりまた条件や期限を付すことはできません。
  1. 相続の放棄とは相続人が相続の開始によって不確定的に生じた相続の効果を確定的に拒否し初めから相続人でなかった効果を生じさせる相続形態をいいます(民法938条)。放棄も単純承認同様に無条件・包括的になされる必要があり一部を放棄したりまた条件や期限を付すことはできません。
(2)相続の承認又は放棄のための熟慮期間(原則3か月)
相続の承認又は放棄は原則として相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にされなければなりません(民法915条1項)。この3か月の期間は相続人が承認及び放棄のための熟慮期間であると同時に相続財産の調査期間(民法915条2項)です。ただし上記3か月の熟慮期間は利害関係人又は検察官の請求によって家庭裁判所がこれを伸長することができます(民法915条1項ただし書)。
(3)法定単純承認行為
    1. 相続人は以下のような場合には単純承認をしたものとみなされます(民法921条1号~3号。法定単純承認)。
      相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(ただし保存行為及び短期賃貸借をするときは除く。)(1号)
      相続人が民法915条1項の熟慮期間内に限定承認又は放棄をしなかったとき(2号)
      ③相続人が限定承認又は放棄をした後でも相続財産の全部又は一部を隠匿し相続債権者等に損害を与えることを知りながらこれを消費・処分し又は悪意でこれを財産目録中に記載しなかったとき(ただしその相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は除く。)(3号)
  1. したがって本件法律相談のように被相続人の遺産から葬儀費用や仏壇購入費を支払った場合には形式上①民法921条1号の「相続財産の処分」に当たりまた②民法915条1項の3か月の熟慮期間内に相続の放棄をしなかったとき(民法921条2号)に当たり相談者(相続人)はもはや相続の放棄ができないのではないかという疑問が生じます。

2.本件に関する検討

(1)同種の裁判例の紹介
    1. 本件相談に関連する裁判例として大阪高裁平成14年7月3日決定(家裁月報55巻1号82頁。以下「本大阪高裁決定」という。)があります。
    1. 本大阪高裁決定の事案の概要は以下のとおりです。
      (ア) 香典として144万円を受領しまた被相続人名義で預入金額300万円の郵便貯金(本件貯金)があり、被相続人の葬儀費用等として約273万円、仏壇を約93万円墓石を約127万円で購入し不足分46万円余りは上記妻子が自己負担した。
      (イ) その後3年が経過したときに、Y信用保証協会から突然被相続人宛てに保証債務の返済金等約5900万円の残高通知を受けた。そこで上記妻子(相続人)は当該残高通知を受けた時点から3か月以内に相続放棄の申述をした。
  1. 本大阪高裁決定は原審判が上記妻子の相続放棄の申述を却下したのに対し以下(決定要旨)のとおり原審判を取り消して上記妻子の相続放棄の申述を受理しました。
    (ア) 相続財産の葬儀費用への充当について
    相続財産をもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。したがって相続財産から葬儀費用を支出する行為は民法921条1号の「相続財産の処分」には当たらない。
    (イ) 相続財産の仏壇・墓石購入費用への充当について
    上記妻子が購入した仏壇及び墓石はいずれも社会的にみて不相当に高額のものともいえない上一部は自己負担している。以上によれば相続財産から仏壇・墓石の購入費用の一部に充てた行為は明白に民法921条1号の「相続財産の処分」には当たるとは断定できない。
    (ウ) 相続放棄の申述期間の起算点について
    ①相続人は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に相続の放棄等をしなければならない。そして相続人が相続開始の原因となる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った時から3か月以内に相続放棄等をしなかったのが相続財産が存在しないと信じたためでありかつこのように信ずるについて相当の理由がある場合には民法915条1項所定の期間は相続人が相続財産の全部若しくは一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべかりし時から起算するのが相当である(最判昭和59年4月27日民集38巻6号698頁参照)。
    ②上記妻子が相続債務があることを知ったのは前記Y信用保証協会からの残高通知書に接した時でありそれまで相続債務がないと信じたことはやむを得ないこというべきであり民法915条1項所定の期間は上記妻子がY信用保証協会からの残高通知書に接した時から起算すべきであり上記妻子の相続放棄の申述は民法915条1項所定の期間を経過した後のものとはいえない。
    (エ) これらの根拠に、上記判例においては、相続放棄を受理しました。